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たまには毒を吐く

先日、カチンとくる事がありました。

直接ではなく知り合いがらみのSNS上に現れた写真についてです。
「てめーらいい加減にしろよ」と毒づきたいのをグッとこらえ、遺憾の意をコメントしておきました。
 
ぼやかしてもこの記事がぼやけるだけですので、具体的にはATIのサイトにアップされている徳川義直御廟での伐採に関する写真の一枚です。あえてここには貼りませんのでアクセスしてご覧ください。

彼らは何かあるごとにバナーを広げて記念写真を撮っています。それについては何も問題ありません。(僕は苦手ですが)

しかし今回はあろうことか伐採した切株と共にそれをやっています。いわゆる「獲ったどー!」的写真になってしまっています。とても下品です。

そして、そこは墓所です…
 
 
僕も伐採を仕事にして、日々木を伐って生活しています。
伐採の時には必ずヨキをささげて祈るという人もいますが、そういう事はまずやりません。信心深くありません。
 
ただ、命をもらうという事は常に意識しています。
仕事をするたびに業を深める…次が自分の番かもしれない。
そんな気持ちです。
 
 
小僧がいきがって獲ったどーとやるのは若気の至りで済まされることもあるでしょうが、
彼らは指導者を名乗っています。
木に対する姿勢としても、彼らのスタンスはそうではないはずです。
墓所という場所柄も考えていただきたい。
 
指導者として思慮ある行動を望みます。

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コメント

新潟市にある北方文化博物館はかつての1000町歩地主伊藤家の家を公開されていますが、伊藤家は大きな山林も所有していて、そこの山守の人たちは木を伐るときに「お前もまだ生きたいだろうが、お家のために役立ってくれ。」と言って線香をもって木の周りをまわります。いのちを持つ木に対する畏敬の念をもって仕事される人たちです。私は間伐や杉林に生えた雑木を伐り捨てるときにはいつも伊藤家の山守の人たちの言葉が浮かびます。楢の木を伐ったら椎茸の榾木にするだけでなく細い枝までできるだけ薪として使ってやらなければ申し訳ないと思うのです。「獲った」とは絶対に思えません。

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